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羽幌カラー現像所
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羽幌町から公共交通を利用して羽幌炭砿に行く・・・的な感じの続編です。
曙からバスに乗り換え羽幌坑と上羽幌坑へ行きます。
到着後は当時の羽幌坑と上羽幌坑の様子を紹介します。
所々に未公開の映像が含まれています。
羽幌炭砿について詳しくはこちらへ
約8分37秒:Copyright© Haboro Color Processing Laboratory & Video-Studio
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羽幌町から公共交通を利用して羽幌炭砿に行く・・・的な感じの動画です。
羽幌町から国鉄車両に連結された羽幌炭礦鉄道車両に乗って築別駅へ。
そして切り離された羽幌炭砿鉄道の車両は築別駅から曙を通り築別炭砿駅に到着します。
到着後は当時の築別坑の様子をご覧下さい。
羽幌炭砿について詳しくはこちらへ
約9分17秒:Copyright© Haboro Color Processing Laboratory & Video-Studio
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羽幌炭砿(はぼろたんこう)の築別坑(ちくべつこう)にあった「築炭幼稚園」。羽幌炭砿が著しい成長時に開園しました。園児の数は最盛期で230名を超えるマンモス幼稚園でした。
羽幌炭砿について詳しくはこちらへ
約4分34秒:Copyright© Haboro Color Processing Laboratory & Video-Studio
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2007年に元羽幌炭砿鉄道職員から当時の思い出を取材した素材を蔵出し。
鉄道の開通から廃止までの30年間で、特に記憶に残っている事を語ってくれています。
数ある出来事の中の、ほんの一部ではありますが、当時の写真や映像を添えて動画制作しました。
羽幌炭砿鉄道について詳しくはこちらへ
最盛期には 2,700人以上の人が住んでいた上羽幌坑の市街地を、地区ごとに解説しております。こちらからどうぞ。
ふるさと羽幌炭砿に上羽幌坑を追加しました。
昭和20(1945)年、太平洋戦争が終戦と同時にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は、石炭の増産を「経済復興の重点課題」にあげ、 昭和21(1946)年12月、政府は石炭3千万トン増産の傾斜生産方式を発表します。 羽幌炭砿にも新鉱区開発の要請があり、それに従い昭和22(1947)年、上羽幌坑が開坑されました。
羽幌炭砿は羽幌坑と上羽幌坑を新たに開坑し、築別坑を含めた三地区の往来のため、バスを購入しました。
当時の貴重な映像をご覧下さい。
3分25秒:Copyright© Haboro Color Processing Laboratory & Video-Studio
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2018年、春。
羽幌炭砿、築別坑にある太陽小学校の体育館が崩壊しているのが確認されました。
思い出のある方も多いと思い、とても残念です。
簡単ではありますが、太陽小学校校舎の沿革と崩壊した体育館をご覧下さい。
4分30秒:Copyright© Haboro Color Processing Laboratory & Video-Studio
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ふるさと羽幌炭砿の羽幌坑に商店街・住宅を追加しました。
開坑当時、何もかも無い無いづくしの羽幌坑も、昭和25年頃から社宅など福利厚生施設整備に力を入れるようになり、人口も増え商店街が形成されていきました。
ふるさと羽幌炭砿の羽幌坑に選炭工場・精炭ポケットを追加しました。
昭和36(1961)年4月、羽幌坑を中心とする新合理化計画推進の主となる、新選炭工場建設が2億6千4百万円の予算で建設に着手しました。
建設の様子などを写真と共に解説しています。
ふるさと羽幌炭砿に羽幌坑を追加しました。
昭和23年に開坑した羽幌坑。
羽幌炭砿の合理化計画により最先端の技術を投入して選炭工場や立坑などが建てられました。
人口の推移や施設、商店街など写真と共に解説しています。
ふるさと羽幌炭砿に築別坑を追加しました。
最盛期には人口が6,000人を超えるまでになった築別坑。
三山の中で一番歴史があり、それに伴い問題も多かったようです。
躍進に関わった人物や施設、商店街など写真と共に解説しています。
サイト内すべてをリニューアル致しました。
新しいコンテンツや地元の話題なども提示していきたいと思っております。
末永くお付き合い下さるようよろしくお願い致します。